
「頑張れ」と言いにくい時代になった。
昔は、帰り際に普通に言っていた。
「頑張ってね」
「まあ、頑張るしかないね」
それは責めているわけでも、
足りないと言っているわけでもなく、
ただ少しだけ背中を押す言葉だった。
でも今は、
その一言にも気を使うらしい。
「頑張れ」と言うと、
「もう頑張ってるのに」
と思われることがある。
「無理しないで」と言えば、
「期待されていないのか」
と思われるかもしれない。
何を言えば正解なのか、
だんだん分からなくなる。
カウンターでそんな話をしながら、
お客さんは笑っていた。
写真を撮るのも気を使う。
知らない子どもに挨拶するのも難しい。
「いただきます」や「ごちそうさま」まで、
理由をつけて言わない時代があるらしい。
世の中は便利になった。
ジムは二十四時間開いている。
スマホで何でも調べられる。
支払いも、写真も、連絡も、
昔よりずっと簡単になった。
それなのに、
人と人との距離だけは、
前より難しくなった気がする。
言葉は、
言った人の気持ちだけでは決まらない。
受け取る人の疲れや、
その日の機嫌で、
意味が変わってしまう。
だからこそ、
カウンターにはまだ役目があるのかもしれない。
少し間違えても、
笑って済ませられる場所。
「頑張れ」と言ってしまっても、
「いや、もう頑張ってるよ」と返せる場所。
完璧な言葉なんて、
たぶんない。
それでも人は、
誰かを励ましたくなる。
気にかけたい。
元気でいてほしい。
また明日も、なんとかやってほしい。
そんな不器用な気持ちまで、
なくなってしまうのは少し寂しい。
だから私は今日も、
帰り際のお客さんに少し迷いながら言う。
「無理しすぎないでくださいね」
本当はその中に、
昔ながらの「頑張れ」も、
少しだけ混ぜている。