当たり前の反対語は?

IMG_4440「当たり前の反対って、
なんだと思います?」

そんな話になった。

特別、とか。
珍しい、とか。

いろいろ考えたけれど、
答えは意外な言葉だった。

「ありがたい」

ありがたい、は、
「有ることが難しい」と書く。

毎日、目が覚めること。

誰かと飯を食うこと。

くだらない話をして、
笑うこと。

いつもの人が、
いつもの席に座っていること。

そんなものは、
ずっと続くような気がしている。

だからいつの間にか、
「ありがたい」が
「当たり前」に変わってしまう。

今夜もドアが開いて、
「こんばんは」と誰かが入ってきた。

いつものようにグラスを出した。

でも考えてみれば、

この「いつもの夜」だって、
有ることが難しい夜なのかもしれない。

当たり前だと思った瞬間、
人は「ありがとう」を忘れる。

今夜も店を開けられた。

それだけで、
ありがたい夜だ。

「当たり前の夜なんて、本当は一度もない。」

「外では愛想のいい夫」と「それを知っている奥様」

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「うちの人ね、
外ではずいぶん感じがいいのよ」

そんな話を聞いた。

家では、
それほど愛想がいいわけでもないらしい。

ところが外に出ると、
若い人たちにもよく話しかけ、
よく笑い、
ずいぶん評判がいいという。

それを奥様は、
少し面白くなさそうに話す。

考えてみれば、
人にはいくつもの顔がある。

家で見せる顔。
仕事で見せる顔。
友達に見せる顔。

そして、
BARのカウンターで見せる顔。

どれが本当なのか。

たぶん、
どれも本当なのだろう。

ただ——

一番近くにいる人にこそ、
一番気を使え。

それが、
奥様からのありがたい教訓だった。

……外でどれだけ感じがよくても、
家で一番近くにいる人の機嫌を損ねたら、
帰る場所がなくなる。

「入るまでが、一番あやしい店」

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初めて来たお客さんが言った。

「前にも一度、ここまで来たんです」

でも、その日は入らなかったらしい。

外から見ると、
配管があって、
歯車があって、
店の中は薄暗い。

中からは人の声がする。

ネットで写真も見た。

それでも、

「ちょっと怪しいな」

と思ったらしい。

まあ、分からなくもない。

初めてのBARというだけでも、
扉を開けるには少し勇気がいる。

まして、うちだ。

何の店なのか、
外からではよく分からない。

常連ばかりだったらどうしよう。

一人で入って大丈夫なのか。

そんなことを考えているうちに、
その日は帰ってしまったそうだ。

そして後日、
知り合いと一緒に来てくれた。

しばらく飲んで、
店の中を見回してから聞かれた。

「ここ、一人で来ても大丈夫ですか?」

もちろん。

一人で来る人は珍しくない。

すると、

「今度は一人で来ます」

と言った。

店を始めて、27年。

入りやすい店を作ってきたつもりはない。

配管も、
歯車も、
薄暗さも、
怪しさも。

今さら変えるつもりもない。

だから、うちはこれでいいのかもしれない。

怪しいままで。

ただ一つだけ、
伝えておこう。

入るまでが、一番勇気がいる店です。

中秋の名月

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今夜は、中秋の名月。

店の外に出て、
空を見上げた。

月はいつもと同じ場所にあるのに、
今夜だけは、
みんなが少し気にしている。

「月、きれいですよ」

そう言うと、
カウンターの客がグラスを置き、
外へ出た。

しばらくして戻ってきて、

「ほんとだ」

それだけ言って、
また静かにグラスを傾ける。

月は、
遠くにいる誰かを
ふと思い出すためにあるのかもしれない。

今夜も、
カウンターにはいろんな人がいる。

見上げる月は、
ひとつ。

——月は、誰の昔話も知っている。

夏と秋の境目

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今日は、秋分の日。

昼と夜が、
同じくらいの長さになる日らしい。

店を開ける頃には、
もう外は暗くなっていた。

少し前まで、
この時間はまだ明るかった気がする。

季節は、
何も言わずに進んでいる。

カウンターの端で、
ひとりのお客さんがグラスを眺めていた。

話しかけるでもなく、
こちらを見るでもなく。

ただ、ときどき氷が鳴る。

カラン。

昼と夜の境目なんて、
時計を見ても分からない。

夏と秋の境目も、
きっと同じだ。

気がついたときには、
もう向こう側にいる。

店の外から、
少し冷たい風が入ってきた。

今年の夏も、
いつの間にか帰ったらしい。

「似るのは、顔だけじゃないらしい。」

IMG_4330娘が、自分の名前を書いていた。

それを見た母親が、
ちょっと嫌そうに言った。

「なんか、お父さんの字に似てきたね」

娘はすぐに、

「お母さん、ひどい」

と言った。

……ひどい、とは何だ。

言ったほうも嫌そうで、
言われたほうも嫌そうだ。

これでは、
お父さんの立場がない。

顔が似ているなら分かる。

声が似てくることもある。

笑い方や、
ちょっとした仕草が似ることもある。

でも、字まで似るのか。

長いこと一緒にいると、
知らないうちに似てくるものがあるらしい。

本人が望んでいるかどうかは、
別として。

それにしても娘よ。

お父さんに似ていると言われて、

そんなに嫌がることはないだろう。

まあいい。

いつか娘が、
自分の子どもの字を見て、

「誰かに似てるな」

と思う日が来るかもしれない。

そのとき、
少しくらい俺のことを思い出してくれればいい。

字というのは、

案外、長生きするのかもしれない。