【お盆の夜のカウンター風景】

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お盆の夜。

カウンターでは、ウイスキーを飲みながら、昔の藤が丘や旅の記憶、香りの話が静かに続いていた。

町の店は減り、夜の明かりも少なくなった。

それでも、ここに明かりがついていると、誰かがふらりと入ってくる。

1999年、世紀末に始めた店も27年目。

お盆は、懐かしい人だけでなく、忘れていた記憶も帰ってくる夜なのかもしれない。

もんじゃ焼き

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新装置、稼働開始。

BREEZE SURFERSがつくると、
もんじゃ焼きはボイラーになる。

熱々の鉄鍋でグツグツ。
とろけたチーズと香ばしいお焦げを、
ステンレスのヘラでガリガリと。

ビールにも、ウイスキーにも合う
BREEZE SURFERS式・酒場のもんじゃ。

「ボイラーもんじゃ」¥900

― 高圧蒸気、発生中。―

※取っ手も熱くなっています。
酔っていても、そこだけはお忘れなく。

「なくなった店の名前」

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藤が丘の昔の店の話になった夜がある。

ミスタードーナツがあった。

ケンタッキーがあった。

ポポラマーマがあった。

フレッシュネスバーガーがあった。

スターバックスも、マクドナルドも、

そして、コロラド、パチンコ屋

マザーズ

それぞれの場所にそれぞれの時間があった。

でも不思議なもので、

人は地図よりも、

なくなった店の名前で街を覚えている。

「あそこ、昔ミスドだったよね」

その一言で、

その頃の空気まで少し戻ってくる。

店はなくなっても、

そこで過ごした時間までは消えない。

藤が丘も少しずつ変わっていく。

建物が建て替わり、

人の流れが変わり、

昔の店の看板はもう残っていない。

それでも、

カウンターで誰かが名前を出すと、

その店は一瞬だけ戻ってくる。

街の記憶は、

案外しぶとい。

なくなった店の名前をつまみに、

今夜も一杯飲めるくらいには。

19,600通りの、その先にあるもの

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「この店には、どれくらいのお酒があるんですか?」

たまにそんな質問をいただく。

仮に50種類のお酒があるとしよう。

その中から3種類を選んでカクテルを作るだけでも、組み合わせは 19,600通りになる。

4種類なら23万通りを超え、5種類なら200万通り以上。

数字だけ見れば、一生かかっても試しきれない数だ。

でも、不思議なことに、私がカウンターで考えているのは、その19,600通りではない。

目の前のお客様が今日はどんな一日を過ごしてきたのか。

静かに飲みたい夜なのか。

少しだけ背中を押してほしい夜なのか。

誰かを思い出している夜なのか。

選ぶのは、お酒ではなく、その人に合う一杯。

組み合わせは無限にあっても、その夜、その人にとっての「正解」は、きっと一つしかない。

だから私は今日も、19,600通りの中から探しているわけではない。

目の前のお客様のための、たった一杯を探している。

今日は立秋。

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暦の上では秋になった。
外へ出れば、相変わらず真夏の熱気が身体を包む。
「どこが秋なんだ」と思いながら店へ向かう。
それでも毎年、不思議なことに、この日を境に季節は少しずつ表情を変えていく。
お客様の服装が少し軽く変わり、風の匂いが少しだけ柔らかくなる。
秋は、ある日突然やって来るのではなく、誰にも気づかれないくらい静かに、カウンターの向こう側へ座るのかもしれない。

足し算の仕事と、引き算の仕事。

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最近、ふと思ったことがある。

バーテンダーという仕事は、「足し算」の仕事なのかもしれない。

何を飲んでもらおうか。
どんな音楽を流そうか。
照明は少し暗いほうが落ち着くだろうか。
一言添えるべきか、それとも黙ってグラスを磨いていたほうがいいのか。

目の前のお客様に何を足せば、その夜が少しだけ豊かになるのか。

そんなことを考えながら、毎晩カウンターに立っている。

先日来店されたお客様は、まったく逆の発想で仕事をしている方だった。

詳しい仕事内容は聞かない。
うちの店では、お客様の仕事や肩書きをこちらから尋ねることはない。

ただ、会話の端々から伝わってきた。

その人は危険を見つけ、問題の芽を一つひとつ取り除いていく仕事をしている。

「本当に大丈夫か。」
「見落としている危険はないか。」

足すのではなく、引くことを積み重ねる仕事だ。

その人たちが見えないところで危険を引いてくれているから、私たちは何事もなく一日を終えられる。

それもまた、とても尊い仕事だと思う。

一方でバーは、その人たちが一日背負ってきた緊張を、少しだけ足し算でほどいていく場所なのかもしれない。

一杯の酒。
少しの笑い。
心地よい音楽。
「また来ますね。」という言葉。

その小さな足し算が積み重なることで、また明日も頑張ろうと思える夜になることがある。

世の中には、足し算で誰かを支える仕事と、引き算で誰かを守る仕事がある。

どちらも、人のためにある仕事。

そんなことを考えながら、今日も静かにグラスを磨いている。

「知らない」を大切にしている店。

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うちの店では、お客さんの仕事も、年齢も、立場も聞きません。

名前さえ知らないまま、何年も通ってくださる方もいます。

カウンターに座れば、社長も学生も、先生も職人も関係ない。

みんな、一人のお客さんです。

だから私は、相手の肩書きを頼りに会話をすることができません。

「仕事は?」「おいくつですか?」

そんな会話の近道を、自分から手放しています。

この制約は、思っている以上に大きい。

会話を組み立てるのは、本当に難しい。

だから私は、少し無口になります。

でも、その静かな時間が嫌いではありません。

沈黙を急いで埋めるより、その人が自分から話したくなる瞬間を待ちたい。

バーは、情報を集める場所じゃない。

肩書きを脱いで、一人の人間として過ごせる場所であってほしい。

だから今日も私は、何も聞かずに、一杯目を静かにお出しします。

「夏が来た合図」

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この時期になると、毎年決まって来てくれるお客さんがいる。

盆踊りを終えた踊り子さんたちだ。

色鮮やかな浴衣のまま、笑いながら店に入ってくる。

「今年も終わったね。」

その一言を聞くと、こちらも「ああ、夏だな」と思う。

一年は長いようで短い。

でも、毎年同じ人たちが、同じ季節に同じ笑顔で訪れてくれると、不思議と時間がつながっている気がする。

店は、人を待つ場所でもある。

そして、季節を迎える場所でもある。

今年もまた、夏がちゃんとやってきた。

「見せたかった場所」

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お父さんと小さな男の子が、お店の扉を開けて入ってきた。

嬉しそうな顔をしていた。

けれど、うちは未成年のお客様は入店できない。
申し訳ないと思いながら、ていねいに事情をお伝えした。

すると、お父さんが少し照れくさそうに言った。

「この子に、この店を見せたかったんです。」

その一言が…

もちろん一緒にお酒を飲めるわけじゃない。
ただ、この空間を見せたかった。

歯車や真鍮、レンガの壁。
エジソン電球が灯る、小さな秘密基地のような店を。

男の子は店内を見回して、
見られたという表情で、とても嬉しそうだった。

ほんの数分の出来事だったけれど、
誰かが「大切な人に見せたい」と思ってくれたことが、
何よりのご褒美だった。

またいつか。

その子が大人になって、
「あの時、お父さんが見せてくれた店だ。」

そう思い出して、この扉を開けてくれたら。

マスターとして、それ以上に嬉しいことはない。